アナザーワールドプレジデント
14日間の隔離生活
Day:14
昨夜遅くにスタートしたZOOMに御影石が入ってきた。時間は深夜12時を回ったところだ。
「おととい、電話であなたは私を呼び出したでしょう?取次の時にきっとあなたは私の名前を言ったはずだと思ったんです。母は知り合いなの?と私に聞きました。名前を言ってなければそうは聞きません。」
「なるほどね。両親がいるところにこの声で電話するのは勇気がいったんですけど、スマホの充電が切れてたことが功を奏しましたね。」
「名前を知っていて、しかもジャッキー御影石を名乗る。ひょっとしたらこっちでもあなたは創作物にその名前を使ってたんじゃないですか?」
「はい。そして別の世界であっても私ならきっとこの名前を使い、そして気に入ってるであろうと思ったんですよ。ただ私が誰かは明かせなかった。この世界で不安定な存在であるあなたは記憶も、時には言語すらも曖昧になっていました。自分の姿かたち、存在すらも危うい揺らぎの中にいたんです。そこで私が誰だかを明かせばそのまま消失する可能性すらもあった。」
「やはりあなたはこの世界の私、なんですね?」
「そういうことです。今回の件で花田神祇官から声を掛けられるまでは別世界の自分に会うなんて思いもよらなかったことですけどね。」PCの画面にはさきほどから、いや気づかないだけでこれまでもずっと私と同じ姿の人間が映っていたのだ。
「私が彼に声をかけたのは消失事例が報告されてすぐだよ。彼が事務局勤めなのは知っていたんだが、まさか別の世界のお前さんを見てるよ、とは言えんだろう?たまに声をかけるぐらいだったんだが、こんな事態だ。協力してもらわなきゃあ、君は消えてしまうと思ったんでね。」
「でも私がいてこっちの世界の私も同時にいる、どういうことなんです?家族も一緒なわけでしょう?」そうだ、そしたら家に帰れば同じ部屋に二人いないとおかしくないのか?
「君は“揺らぎ“の存在なんだ。元の世界とこちらの世界と二つに重なり合っている状態だ。元の世界の両親もこちらの世界の両親も同じ存在なんだよ、ただ可能性としていろんな形が存在している。君はその一つに新しく触れたに過ぎない。」
「めちゃくちゃ難しい話ですね。」脳みそが筋肉疲労を起こしそうなほどにだ。
「話を聞いたときは、まず花田神祇官が別世界と触れ合う禁忌を冒していたことに驚きましたし、預言の飛行機に別世界の私が乗っていることにさらに驚きましたよ。でも貴重な経験でした。こんなことがなければ別世界の自分を見る事なんてないわけですから。」
「御影石さんって呼ぶのもおかしいけど、私も別世界の自分に会えてよかった。でもあなたからは私を色々知れたでしょうが私からは何もわかることがない。どんな生活してるんです?どんな・・・」
「ん?すいません、ネットがちょっと途切れ途切れで…。」ああ、そんな人間だったな、自分を見るようだとはこのことだ。なんだか可笑しくなってきた。
「別世界との干渉は少し危ういんですよ、それゆえに禁忌とされてきたんです。」
「上に言うなよ。まだなんとかバレてないだろう。」
「はい。」御影石は笑っている。
「私はまだ後処理が残っているので行くことにします。よもや大統領計画自体がなくなるとは思いませんでしたが、もう大丈夫みたいですね。思い出しているんでしょう?」
「何をです?」
「あなたの家の電話はどんなでしたか?」
私がうなずくと御影石、あちらの世界の自分はZOOMから抜けていった。画面には花田と私だけが写し出されている
「なんだか難しい。けれど大統領計画は終わったんですね。」
「ああ、終わった。神祇伯長、我々の仕えた人でもあるわけだが昨日の夜にお亡くなりになった。コロナの感染も疑われているが今のところ発表はない。そもそもご高齢であったからな。私がいうのもなんだがね。ふっふっふ。」
「いやあ、花田さんはまだ若いですよ。こちらの世界でもお元気ですもん。」
預言を行い、次期大統領の受け入れを進めていたその人が亡くなると私の揺らぎは収まった、らしい。つまり私は元の世界に戻ったのだ。
「私にとっても不思議な時間だった。神事を執り行い、それに日々触れる者でありながら人生はいつまでも驚きの連続だ。運命とは常に我々の思う以上のものだよ。だがだからこそ生きることは面白いと思わないかい?コロナが蔓延するこの時代にも後から振り返れば意味があるんだと私は思う。」私は強く同意した。
「ふぁ~もう日をまたいでずいぶんになるな」花田は大あくびをしている。
「じじいはほどほどに疲れた。そろそろ、お互いの世界に戻ろうか。大統領計画は別として、大義のない異世界交流は本来は気安く行われるべきじゃないのは確かだ。ゆえに再びユーとこうして話し合うことは無いと思うが、また配信をするなら楽しみにしてるぞ。まあライフなんてものは所詮エンジョイだから、ほどほどにジャストドゥイット。」
「出ちゃってますね、花田さん」御影石の真似をしてツッコんでみた。花田も私も大笑いした。
「元気でな。向こうの私にもよろしく、は言わんでいいな。話しても信じやしないだろうから。」
「いろいろとありがとうございました。ほんとに助けようとしてくださってたんですね。」
「たかが一神祇官の私に大統領計画を止めるほどの人望も権力もなかったからな。こそこそとできることをしたまでだ。この結果は自分の世界は自分たちで救う、という意味なのか。お互いに別の可能性を知れた、ということが大事だったのか。それも後々にわかるだろうよ。ただ少なくとも異世界に友人ができたようで私はうれしいよ。」
「私もです。」
「あ、そうそう、もうわかっていることかもしれないが君のPCやスマホ、それを使って取っていたコンタクトはそのまま君に世界に繋がっていたんだ。それは君が君の世界からもってきたものだからね。こっちの世界で繋げられたのは私と私の力を貸した御影石だけだ。」
「そうだったんですか!道理で妻に聞いても大統領の話しなんて出てこないはずだ!」あの家族は、あの写真はそのまま私の世界のものだった、それはなんだかひどく私を幸せにした。
「わけわからんことばっかり言って、隔離で頭おかしくなったと思われてるぞ、きっと。」意地悪そうに笑うのはマサさんそっくりだ。
「今度こそ、おしまいだ。ずっと椅子のない部屋で地べたに座ってたんだろう?隔離がとけたら、しっかり立って歩けよ。」
そう言うとZOOMの画面から花田が退室していった。窓の外はまだ暗く、朝の訪れまでにはまだ少しかかりそうだ。しかし数時間後には間違いなく日が昇る。
私はPCを閉じるとリビングへ向かう。いつもと変わらない風景。古びたソファーに低いテーブル、そのわきには父親が大事にしているカブトムシの水槽。
そしてテレビの脇には黒電話ではなく、子機の付いた新しい電話が置いてあった。
・・・To Be Concluded