アナザーワールドプレジデント
14日間の隔離生活
Day:7
“大統領計画.docx”
昨夜届いたファイルの中身はメール同様に何も書かれていなかった。御影石め、賞金額でも書かれている企画書なりを見せればいいのに。お金にあまり執着していない私だが、今はレース中だという証拠がいるのだ。朝食を食べ終えてからLINEで連絡を送るも反応はない。
しかし確証はなくとも現在レース中だ、と言われれば不思議と隔離生活にも張り合いが出る。何度も言うが別段お金が欲しいわけではない。ただ勝負と名の付くものである以上、ベストを尽くすのは男の本懐であろう。それは山野を駆け回り狩猟で身を立てていた時代の名残、遺伝子に刻まれた生存本能なのかもしれない。ただ、たまたま今使っているPCの調子が悪いのと、欲しいカメラが出たので賞金額だけ教えて下さい。
そのまま連絡もなく昼となり、日課となりつつある読書を終えると庭でなにやら父親が土いじりをしていた。鼠色の作業着は会社員時代のものだ。定年を迎えてから10年以上経つので久々に見るその姿は懐かしく、少しだけこそばゆい感じがする。庭に面した窓を開けて私は父親に声をかけた。
「えらい恰好で精がでるねえ。庭で野菜でも育ててんの?」父親はおお、と驚いた様子でこちらを見ながら応える。
「野菜じゃないよ、もうすぐカブトムシがさなぎになるからな。それまでに土を入れ替えてやらんとダメなんだよ。」そう言いながら水槽の土をほじくり返している。すると
「あ!なんだよもう・・・!」と突然大声を出した。ちなみに父親のなんだよもう、は一緒にいると1日数回は聞ける。ドジっ子なのだ。
「どうしたのよ?」
「最近温かかったからなあ、もう蛹室を作り始めてやがった。ああ、もう。」残念そうにつぶやく父親。
「さなぎの事?」
「そう、カブトムシってのはみんなに褒められるが、表じゃ見えないこの蛹室づくりがあってこそのカブトムシなんだよ。しかもこれは1回しか作れないものでな。つぶれたり、崩れたりすると死んじゃう、大変な仕事なんだ。しまったなあ、まだ大丈夫そうではあるか。」そんな大仕事をつぶしてやるなよ、とツッコミそうになったが、ふとそのさなぎを見てみたくなった。
この部屋の窓というのは高さ2mほどのガラスの引き戸になっていてそこから庭には容易に出れる。すでに隔離されて1週間になるのだし、庭に出るくらいは、とマスクをつけて私は足を踏み出そうとした。
しかし、窓の外に足を出した瞬間。空港で感じたような違和感が再び全身を襲ってきたのだ。さらに目がかすみ、頭が軋むように鳴り、膝から力が抜ける。このまま倒れてしまう、と覚悟したがーー次の瞬間には嘘のように元通りになった。時間にして2秒もなかったかもしれない。
「どうした?大丈夫か?」
「いや、大丈夫大丈夫。なんだ、立ち…眩みかな。だめだ、少し横になっとくわ。」
「おいおい、このタイミングで発症とかじゃないだろうな。しっかり隔離期間はおとなしくしとけよ。」父親が心配そうに声をかける。
窓を閉めて布団の上に体を横たえた。この七日間のうち何時間をこうしてすごしているのだろう。この部屋には椅子もないのでよく考えれば立ったり歩いたりする時間は極端に少ない。そのせいで立ち眩みしてしまっただけ、なのかもしれない。
もしくは・・・庭に出るだけでもアウトなのか?
混乱する頭の中でさっきの映像が何度もリフレインする。その中で消せない疑念が浮かび上がる。
昏倒しかけたわずか2秒間。ぼやけた視界で助けを求めようとしたその瞬間に
あの父親はにやりと笑っていなかったか。
・・・to be continued