ちょびっと小説『アナザーワールドプレジデント』Day:4

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アナザーワールドプレジデント

14日間の隔離生活


Day:4

朝とも昼ともつかない10時過ぎ。隣のリビングから黒電話の呼び出し音が響いた。両親はこの日は外出していたので私は慌てて部屋のドアを開け、久しぶりに実家のリビングを目にする。少し大きめのテレビと古びたソファー、背の低いテーブルの脇には土のつまった水槽のようなものが並んでいる。父親が最近カブトムシの繁殖にはまっているらしく、今私が使っている部屋にあったものがこの期間だけこちらに移動しているというわけだ。その水槽を除けばコロナ前と変わらぬ実家。なんだかホッとする瞬間だ。

受話器をとると、検疫を担当する厚生労働省の者です、ととても丁寧な喋り口でPCR検査の結果が伝えられた。この数日の体調からしてまさかウィルスに感染しているとは思えない、しかし無症状の感染者が相当数いるというニュースは聞いているので、この状態でも陽性となる可能性はある。まるで採用試験の合否の連絡を待つような気持ちで生唾を飲み込んだ。ちなみに就職活動をしたことはない。

「結果は陰性でした。ですが引き続き2週間の自宅隔離期間は外出せぬようお願い申し上げます。」

わかっていたこととはいえ、安堵した。陽性の場合、両親のリスクは上がり、より警戒レベルをあげての暮らしを強いる事となったはずだ。数日間気を揉んでいたであろう外出中の母親と大阪の妻にすぐにラインで「我陰性歓喜万歳!」と中国語風に送る。武漢発祥のウィルスであるからちょっとした皮肉をこめたのだ。その結果少し下ネタっぽい字面になってしまったと後から悔いたがラインにはすぐに既読がついた。

さあ、ここで大阪の妻に昨夜のことを話すべきなのかと私は迷った。休校の続く中、幼児2人を含む4人の子供達の面倒を見ている妻の忙しさは想像するに余りある。ゆえに余計な心配をさせまいと大げさな話は控えているのだが、この話だけはしておく必要がある気もするのだ。・・・というか言いたい。

昨夜

「なんで?マサさん?どういうこと?」
その画面に映し出されたのはかの地でお世話になってきた友人だった。友人といっても年齢70歳を超え、私とは30も離れているのだが、その親しみやすく気さくな人柄で年齢を超えて友達付き合いをしてもらっている。しかし彼は普段は派手なバンダナによれたTシャツ、色のはげかけた茶色いチョッキに無駄にポケットの沢山ついたカーキのズボンを履いて暮らしている人で、おそらく私の知っている人間の中でスーツが一番似合わない人間であろうと思う。

「マサは元気にしてたみたいだね。初めまして。私は花田カズヒロといいます。向こうでは弟がお世話になった。苗字が違うのは私が婿養子にいっているからなのであまり気にしないでほしい。」

よく見ると髪形や口元など少しづつマサさんとは違う。

「あいつは自由に生きてきたからな。ヒッピーだ、フラワーチルドレンだとまあ楽しそうではあったよ。兄弟としては色々あったがね。しかしとにもかくにも元気でいる様子を見れたのは嬉しかった。まずはそのことに感謝を言いたい。テンキュー。」

「…。あの配信番組をご覧になっていたということですか?」

「毎週ね。」そう言いながら人差し指をくるくるっと回した。

「驚きました、マサさんに兄弟がいたなんて・・・。でもどういうことなんです?なんでお兄さんが僕に連絡を?」そう、今は相手が誰であれ大事なのはその理由だ。

「まだ言えない事が多いのは理解してほしい。私としてもブラザーが世話になった人間に誠意を尽くしたいフィーリングはある、しかし事態は複雑でね。」そういうとコップを手に取りごくりとお茶らしきものを1口飲みこんで花田は話を続けた。

「御影石がすでに伝えていたと思うが、ユーの隔離生活は政府にウォッチング。そして実は監視されているのはノットオンリーユー。なぜなら・・」
「先生!かなり出ちゃってます。」御影石が久々に発言した。
「Oh, すまん。つい出てしまうな。」なぜか少し嬉しそうな花田。
「すまない、花田先生は別にアメリカ帰りでもないんだが“えいごであそぼ”を見て日々勉強してるんだ。」

信じられないほどどうでもいい情報だ。

「要はまあとにかく君だけじゃない、ほかにも同じ便で帰国した人間すべてが監視下に置かれているのだよ。」花田は表情を引き締めて真剣に語る。

「英語の話はどうでもいいですけど、どういうことですか?監視下といってもこの部屋にカメラなんかありませんよ?」改めて室内を見回してみる。

「ユーの生活をのぞき見したいわけじゃない。担当が誰であれ40のおっさんの私生活を覗かなきゃいけないとしたら、それは拷問だろう。大事なポイントは君が外出をしていない、という事実だけなんだ。あの便の搭乗者、67名のうちすでに半数が脱落している。少しだけ散歩に出た者、買い物に行かざるを得なかった者、理由は様々だがね。」

「それはコロナ対策、ということですよね?」

「イッツ ノット トゥルー。そうでもあるが、それだけではない。これ以上は今のところ話せない。ともかく、このまま14日の間、ユーには一瞬たりとも外に出ないようにしてもらいたい。そしてこの話は家族も含め、内密にしてもらいたい。それはユーのためでもある。」花田は真剣なまなざしで二回目の“ユー“のところを強めに言ってきた。ちょっとノリがめんどくさい。

「一体なんなんです?いくらマサさんのお兄さんだからと言ってこんな政府がどうだとか信じられませんよ。英語やっぱ変だし。」

「じゃあ外に出るかい?」

花田が目を細めて画面越しに私を見つめている。正直言えば迷うところもある。陰性が証明された今、散歩ぐらいはという気持ちも。しかし機内、そして空港で感染していた場合は今回のPCR検査には反応しないため、まだ感染してないとは言い切れないのだ。

「いえ、万が一にも感染を広げるわけにいきません。」

「そうだろう、この話を聞こうが聞くまいが、君は出ない。だからこそこのプロジェクトにユーは選ばれたんだ。」

「プロジェクト?」

「今日のところはここまでだ、我々の話を他人にしてもらうのは困るが、したところで隔離生活でノイローゼになったと思われるだけだということは忠告しておこう。君にはともかく隔離生活を続けてもらうことと、我々が味方だということさえわかってもらえばいい。」そういうと大きくため息をついて私を、正確には花田のPCについているWebカメラなのだろうが、深く見つめてつぶやいた。

「運命というやつは、君が思う以上のものだよ。」

昨夜は結局それ以上の話は教えてはもらえなかった

考えた末、私は妻にLINEを送る

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大丈夫か?子供たちは元気?

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大丈夫よ~、今日もマシュマロ作って家で過ごしてるわ(^^♪

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よかった。ともかく隔離終わったらすぐ行くからね~。

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はやく集合したいね~待ってるよ!

スマホを置いて私はコーヒーを口につける。昔は苦いだけで嫌いだったコーヒーをこうして飲めるようになったのはいつからだったろうか。窓の外に目をやると夕焼け空がマンションの間からこぼれてくる。ただ赤く焼けるように見えるはずの富士山は雲に隠れてよく見えなかった。

・・・to be continued

文:田中トシ

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