ちょびっと小説『アナザーワールドプレジデント』Day:0

ちょびっと小説『アナザーワールドプレジデント』Day:0

アナザーワールドプレジデント


Day:0

かの国が封鎖される直前にすり抜けるように出国して日本へ辿り着いた。辿り着いたところまではいい。コロナウィルスによる国境封鎖が続いているのは知っていたのだからその感染の有無を調べるPCR検査を受けることも国民としての当然の義務だ。権利ばかりを主張して共同体への尽力を渋るような浅はかな人間ではない。しかしこの違和感はなんなのだろう。海外生活が長いとはいえ毎年一度は帰国しているわけだから、今更カルチャーギャップなんてものを感じるわけもないのだ。

人生初のPCR検査では細い綿棒のようなものを鼻の奥に差し込まれるのだがこれには閉口した。人生で経験したことのない部位への小さな刺激、よくはわからないが女性にとっての・・・なんでもない。ともかく変わった体験だったのである。その後も順調に入国までの手続きは進む。丁寧な対応とその合理さは説明を読み上げる職員のたどたどしさを除けば、さすがはわが国日本!と三島由紀夫になったような気持ちで言いたくなる、まだ作品を読んだことはないのでイメージです。

私は自宅待機となるので車にて親族に迎えに来てもらうことになっている。そしてこれから先は2週間の隔離生活に入ることとなる。PCR検査の結果がどうであれ、自分が他者に伝染す可能性がある以上これも当然の処置。この14日間がどんな時間になるのかはわからないがそれが終われば大阪の妻と子供に会えるのだ、どうということはない。2,3時間はかかると言われていた検査は予想以上に早く終わったので早速実家へと連絡を取ってみると慌てた様子で母が受話器を取った。今時受話器なんて表現は嘘くさいのだけど我が家の電話はいまだに黒電話であるから仕方がない。

「はやかったね!ちょっとまだ、少しアレがあれで、とにかく急いで向かうからね!」

要領を得ないがともかく来てくれることに間違いはないらしい。こんな状況であるから、いかに仕事の都合でこの時期に帰国になったとはいえ優しく受け入れてくれる両親には感謝しかない。私は決して急がぬこと、こちらはそもそも2,3時間は検査でかかると思っていたのだから慌ててもいないことを告げると受話器を置いた。いやちがう、スマホを切った。

それから1時間が経過した。実家からここまではわずか30分ほどの道のりだ。急な連絡になってしまったのでおそらく準備に戸惑っているのだろう。私は空港内のベンチに腰掛け、先ほど買っておいた缶コーヒーを飲みつつ、両親の到着を待つ。缶コーヒーはもちろんブラックだ。かの国にはブラックがなく、すべからく砂糖入りだという事実は意外と知られていない気がする。周囲を見渡しても人影は少なく、天井は吹き抜けになっておりウイルスが蔓延するような心配はここではないだろう。ただ時折往来する空港の職員らしき人、協力に来ている自衛隊らしき迷彩に身を包んだ人、私と同じ海外から戻ってきたばかりの人などの姿は見える。ちらちらと羨ましそうに私の缶コーヒーを見ている気もする、買うが良い。

と、また不思議な感覚が私を襲った。ただそれが何かがわからない、自分の心が何かしらの違和感を感じ取っているのは間違いないのだがそれがどこから来てるかがつかめないのだ。目の前を通る過ぎる人たち、ガラス張りの大きな窓、遠くに見えるコンビニ、そこに向かう人々、コーヒーへのちらちらの視線。不審な点などなにもない。コーヒーへの視線はむしろ当然だ。が、気づいたことがあった。

人の動きがぎこちない。

情報センターで座って受付をしている若いスタッフの何となくの会話も、トイレの前を掃いている70過ぎの老父も、送迎バスを案内している女性も、買い物終わりの自衛官も、どこか作り物のように動いている。

そして、驚いたことに私を見ているのだ。コーヒーではなく私を。私が目線が向けると動揺を隠すようにしてスッととそらす。一人や二人ではない、これは偶然ではない。

違和感の正体にやっと気づいた。みんなが私を知っている。

・・・to be continued

文:田中トシ

ちょびっと小説カテゴリの最新記事