●40歳もらとりあむ③~サヨナラ平成コラム

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40歳モラトリアム第3回。サヨナラ平成コラムなんて見出しでやっていますがいよいよ令和に元号が変わりますね。

僕は40歳なので昭和を生きた10年よりも平成になってからの30年の方が長いわけで、それなのになぜか平成は他人の家みたいな気がするんですよ。おじゃましてます~みたいな。平成生まれの人が主役のような気がするのかな?でも令和は実家に帰ったような気がするので大丈夫。なにが大丈夫なのか知りませんが、たぶん面の皮が厚くなったんです。

 

さて、令和になれば僕の40歳モラトリアムはおしまい。平成最後をこうやって文章を書きながら振り返れるなんて自由でいいな、とも思いますよね。僕にとって自由は空気と同じくらいに、無いと死んじゃうモロB型なんですが、実は自由って超孤独とセット。

 

自由ってことは人に必要とされていないことと同義じゃないかと僕は思うようになりました。朝起きてやることがある、やらなきゃいけないことがある、子供のご飯作ったり朝起こしたり、あるいは会社に出勤して仕事したり、誰かに会う約束したり、それら全部は大変なこともあるけど、大変イコール不幸ではなくて、必要とされてるってことだと思うんです。必要とされてるってことは居場所がある。強制労働とか監禁されてる人にも言えんのかそれ!ですけども。

 

そして実はバリ人ってものすごい不自由なんだと思うんです。生まれた時から宗教は決まっている。生まれた時から一緒に大きくなっていくであろう地元の子たちとのつながりがあって、バンジャ―ル(村組織)だって生まれた場所で決まるし、親やそのまた親たちが作ってきた関係の中に自分も生きるわけだし。そういう環境だから(経済的なこともあるけど)引っ越して新たな環境で、ということも少ない。でも、それが僕には逆にうらやましく見える。

 

例えば日本人だと海外に行くことはほとんどの人が可能ですよね。宗教だって選べるし、住む場所だって、付き合う人間だって選べる。でもそんな日本人が、僕も含めてだけどホントに求めてるものって「居場所」なんじゃないかと思うんですよ。バリ人はそれだけ不自由なんだけど、その代わりに生まれながらにして居場所がある、つまり必要とされて生まれてきてるような。

 

その証拠かわかりませんが、僕はバリ人で自己否定している人に会ったことがない。性格はそれぞれだから引っ込み思案な人や押しの強い人やらいますけど、自己否定が強い人、自分に自信がない、っていう人には会ったことない。それは顔つきにも出ていて、やっぱり沈んでないんですよ。輝いて見えるし無理しないし。主観ですもちろん。

 

そんなバリの人たちは僕にとって憧れ。生きることの天才なんじゃないかと。生きることに必要なものを全て持ってるよなーって。決して不幸や諍いがないって話じゃないですよ。関係が濃い分、親族同士や近所間での憎みあいとかえげつない時もありますし。でもやっぱり生き生きして見える。生き方が自然と近いんです。

 

でもなりたいとは思わない、というか多分ね、なれないんですよ。この土地に生まれて育った人間じゃないと。

 

同じ海外でもオーストラリアとかアメリカに住んだらまた違うと思う。そこでは自分もその文化の担い手になることはできる。でもここではやっぱり異邦人にしかなれない。

 

明日はウパチャラ(宗教儀式)だからと親せきや近所中が集まって明け方からバビグリン作ったり、サラスワティ(知恵と芸術の神様)の日だからとただひたすらお寺の境内に朝までいるとか、それは我慢すればきっとできる。でも我慢でやるんじゃなくて息を吸うようにできるところがバリ人たる所以で。生まれて生きることがそのままバリの文化の担い手なんだっていう世界。

 

一見すると非合理的で非効率的にも見える。オダランのために時間を惜しまず、そのためなら渋滞だって当たり前で道路封鎖、仕事なんか休んでだって家族の儀式優先、時には借金してまで盛大な火葬式をしたり、毎日のお祈りだってお供え物作るところから考えたらものすごい時間。

 

でもその中で生き生きと暮らしている姿を見てると、合理的や効率的なことが果たしてほんとに正しいのか?って。

 

一見非効率なその世界の後ろには効率とかよりももっと豊饒な、ここで生きてきたことの蓄積のようなものが曼荼羅のように詰まってるんじゃないかって。

 

けどそんなふうには僕はやっぱり生きれない。だから初めてバリに来た時にここに住んでた異邦人に惹かれたのってつまりそういうことですよね。天才にはなれない、けどそこから何か受け取りながら生きることで見えてくるものがあるんじゃないかと。

 

 

うーん、まとめきれず。明日、次回こそ最終回です。平成最終日、サヨナラコラムにふさわしい、ということで・・・。

 

文:田中トシ

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