●40歳もらとりあむ②~サヨナラ平成コラム

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世間はGWですね。
世間って書きましたけど日本ですね。世界的にはこの季節に連休ということはないから日本だけにある特別な休暇、それがゴールデンウィーク。

 

なんと今年は10連休!おそらく多くの方が海外旅行にも行くのかな?JTBさんが公開しているデータによると昨年は国内旅行が2380万人で海外旅行に行った人の数は58万人ほどだそうです。5人に1人くらいは旅行に出てますが海外に出る人はやっぱり少ない。

 

バリ島へはそのなかで1万5千人(バリ・インドネシア)だそうですがそこから果たして何人くらいがウブドまで来るんだろう?

 

しかし40歳になってモラトリアムな僕はGWどころではなく、海外旅行なんて夢のまた夢!って書くとずいぶん不思議な話。そう書きながらウブドに住んでいるわけだからそれは長期の海外旅行といえないのか?そもそも人生が旅じゃないのか?とかややこしい

 

そんな僕が初めてバリ島に訪れたのは2002年で僕は23歳。日韓ワールドカップを見ずにアジアをバックパッカーとして回る、その最初の地。

 

空港に着いたとたんに広がるアジア特有の湿気を多分に含んだ熱気、そして香辛料とお香の香りにテンションが上がりまくり。でもクタで2,3日を過ごしましたが、あまり心に響かなかったんですね。これは2週間の滞在予定を切り上げてはやめにバリを出よう~なんて。でもせめて最後にウブドだけはとプラマ社のバスに乗って向かったんです。

 

ここを読んでくださっている方々は当時の雰囲気や状況などご存知の方が多いと思いますが、ウブドはまだ田舎っぽさを残し、カメラを構えるだけで笑顔でかけよる子供がいた最後の時期かな。

 

お祈りやお寺の祭礼に精を出すバリ人の姿とその文化。欧米から持ち込まれたアートカルチャーもかっこよくて、僕のようなバックパッカーの方と知り合う機会も多く、そのすべてを内包しているこの町の大ファンにあっという間になりました。

 

そのころの一番の楽しみは路上でだべっているバリ人とアラックを飲んで通じない会話を身振りで続ける、という、あれ?根本的にはあんまり今と楽しみが変わってない

 

でも実はね、その時に一番惹かれたのはここに住んでいる日本人だったのかも。

 

わずかな期間だけどバックパッカーでいくつかの国や町をまわり、僕はただその街を通りすぎる旅行者でした。そこで感じたこともよかったけど、その時の僕はバリに住んでいる日本人たちが異邦人としてその土地に溶け込む姿により魅力を感じたんです。

それはその時の僕には説明できなかったんですが、たぶん一番見つけたかったものだったんだと思います。

 

僕は日本で生き方を見つけられなかった。親の影響も強くあったと思うけど大学を卒業してそのまま就職、というのがどうしても自然にできなかった。その頃の僕のもっていた世界はすごくすごく小さかったんです。だからいわゆる「こうしなきゃいけない」「こうじゃなきゃ生きていけない」みたいなものばかり見つけちゃって息苦しかった。

 

“それだけが人生じゃないはず!”

 

多分それの答えになりそうなものをウブドで見つけたんじゃないかな。

 

音楽にひかれてここに住んでいたという家族、手作りでアートのように雑貨を作りカフェを経営する方、バリ絵画を学んで住んでいたという女性、日本では有名なゲイバーのママをしていたという方、花屋をやろうと思ったらうっかりカフェをスタートさせた男性(笑*1)などなど今までの僕の世界では見れなかった生き方が心に響いた。

 

もちろん、そんな生き方にはリスクがあったりすることも今は知ってます。でもきっとそれはそれ。

 

そこから今までウブドで生きれてるのは当時の僕には思いもよらない幸運ですよね。僕にとっては実はずーっと学校みたいでね。いろんな先生がいて先輩がいて、たくさんのことを教えてくれる。いまだにすごーく叱ってくれる先生もいますしね、僕40歳ですけど。でも別のクラスもあったり、部活があったり、ここは僕にはそんなイメージ。

 

今は時代は進んで、多かった空き地や田んぼにいつの間にかたくさんのお店が建ち、YAHOOのトップページを表示するのに30分かかった時代は、バリの高校生がスマホでインスタグラムをあげる時代に変化して、ワルンの前でアラックを飲んでいたバリ人はクラブでライブを聞きながらウィスキーを飲む。

 

僕が初めて立ち上げたTシャツショップの家賃は年間3万円です。誰もが自分の手で挑戦できた時代。それが今お店を開こうとすれば年間50万円でもいい場所は難しい。当然商売する人もビジネスの世界から来たプロが増えて、次第にここで生き残るには戦略が必要で~、投資が必要で~、僕も背伸びしながらそうならなきゃ~なんて。家族もできましたし。

 

そりゃ大事ですよ、そういうものなしに商売なんて立ちいかない。むしろ絶対いる。

 

でもその中でやっぱ上手くやること、優秀であること、みたいなものに気づけば偏りすぎてたかなー。なんかそれらすべては何のためだったっけ?ってこうして原点をたどったら少しわかった気がするじゃないですか。

 

いろんな生き方があっていいんじゃないか、そんなことを実現するために、見るために僕はバリ島に来たんだと思います。

 

やっぱり自分語りになってますけど。すみません。それでも書くと決めたので次回で40歳モラトリアムまとめます。独り言にもう一回、お付き合いください。バリ人の生き方を見て学んだことや、この先の話など。

 

 

文:田中トシ

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